キリスト時々アルコール

コロナの中、自分も社会もがんばれるようにつづっています。

季節時計の針は・・・。

 こんばんは、バイクです。

 今日は、わが職場、作業所のことを書かせていただきますね。

 

 最寄り駅から降りて、10分ほど歩いたところにあるんですが、あたり一面の田園風景のなかに建っています。

 通勤時も、その中をずんずん歩いていきます。

 

 今は、実りかけた稲穂の海がきれいでした。

 

 この通勤風景は、四季を通して楽しむことができます。

 初夏の田植えには、見える限りの青田が。

 夏にかけて、ぐんぐん田は育ちます。

 そして、刈り入れの秋は、道の両側、すごい黄金風景になって!

 が、冬にはみな死に絶えた景色になっていきます。

 

 その中を、毎日ぐんぐん通勤していると、なにか大きな永遠の年があるような気がしてきます。

 

 今朝の季節時計は、秋をしめしていました。

f:id:ktokidoki:20190904205532j:plain

 

2ねんぶりの睡眠薬!

 みなさーん、おはようございます!

 と。

 夕方と言うのに「おはよう」と言いたい気分のバイクです。

 

 実は昨日、およそ2年ぶりに睡眠薬を飲みました。

 主治医から処方されていたのですが、なんとなく飲まなくなってしまっていたのです。

 飲まなくても、寝れることは寝れてました。

 12:30くらいにウトウトして、2:30くらいに目が覚めて、パソコンなどなぶって、まt4:30くらいにトロトロと寝る2年間でした。

 一応、自分では普通と思っていましたが、やはり起きても背中の疲れが残っている陽があったようです。

 

 が、昨日、ふと飲んで寝たら・・・・。

 カラダ、カルイデス!

 

 信じられないくらい深くねむっちゃって!

 

 これからは改心?して医者のいうことをきこうと思ったバイクです。

 

 なんか、昨日今日と、ご報告のみの記事になってすいません。

 これからは11:00にぽとっと寝ることにしますので、以降のご訪問は、勝手ながら次の日にさせてくださいね。(11:00以降に記事UPされる方、申し訳ありません涙)。

 

 明日も、みなさんの生活がゆたかでありますように。

 バイクでした。

 

f:id:ktokidoki:20190903181947j:plain

 

今日はリハビリ、リカバリー。

 こんばんは。バイクです。

 病み上がりから一日明けて。

 

 今日は、作業所、OFFでした。(昨日、自由参加の行事のため)。

 そこで今日は、すべてを新しくしました。

 

 すべて洗って干して乾かして!

 シャワー思い切りあびたあと、たまっていた洗濯。

 夏の終わり。短パン全部洗ってしまいました!

 で、スニーカー、シーツ、ついでに座布団カバーまで。

 

 そして、ふせっていてちょっと荒れた部屋を、と思ったら弾みがついて、物置部屋まで整えてしまいましたよ!

 

 今日は家の用事はこれで終わりです。

 あとは、みなさんのブログを楽しみながら読ませてもらうだけ!

 というわけで、身心ともにリカバリーモードの今日でした。

 

 またがんばりますので、よろしくお願いします!

 父の愛、子の恵み、聖霊の交わりが、みなさんとともにありますように。

f:id:ktokidoki:20190825091210j:plain

 

 

 

 

文明以前の物語

 おはようございます。バイクです。

 8月も終わり、秋の夜長、の最初のはじまり?

 今、二冊の本を読みふけっています。

f:id:ktokidoki:20190901015245j:plain

『日本の深層 縄文・蝦夷文化を探る』梅原猛

f:id:ktokidoki:20190901015412j:plain

アイヌ神謡集知里幸恵

 

 前者は80年代、「縄文ブーム」を起こした、東北学のさきがけの書。

 後者はアイヌにつたわる神々の叙事詩です。

 

 先日、ひどいウツを、「狩猟採集民族の持つ、文明以前のいのち」、に助けられました。

 どうやら狩猟採集民族の社会には、孤独になやむ人は極めて少なく、うつ病なども皆無に近いらしいです。

 それで、その「文明以前の物語」にふれてみたくなったのです。

 

 狩猟採集民族と言うと、エスキモー、アメリカインディアン、そして日本ではアイヌの人々、アフリカの諸部族などですね。

 そのなかで、神話、叙事詩、などが成文化されて残っているのは、世界でもどうやらアイヌぐらいのものらしいです。

 で、梅原氏によるとアイヌの人々は、日本の稲作以前の、縄文の世界を現代近くまで伝えていたと言います。

 なんと、世界では、縄文式土器より古い土器はまだ出土しておらず、縄文文化というのは、世界最古の文明・メソポタミアより古い文化だと、梅原さんは言い切ります。

 1万2000年前の世界です。

 

 その社会は。

 稲作による農業革命が起こる前ですね。

 必要な物を狩り、必要なもので生活する社会でした。

 収穫物を貯める。貯蔵する習慣ができたのは、みんなでお米をつくり、収穫するようになってからですね。

 刈り入れ、貯め、村ができました。

 それは、人類に安定した生活と、いくばくかの安全をもたらしてくれたのです。

 が、また闇の面も生まれました。

 財産、というものが出来ました。

 それは同時に貧富の差を生み、支配階級の誕生を呼びました。

 人々は、財産を貯めることを覚えたのですね。

 そして貯めた財産を持ち運ぶ必要から、貨幣という厄介なものも生まれたのです。

 また、村同士の戦争も生まれました。

 狩猟時代だったら定住していないので、攻められたらすたこらサッサと逃げ出せばよかったのですが、「村」というものがそれをさせないようにしてしまいました。なぜなら村には大切な「財産」、があるのです。

 

 そして、こういう流れの帰結として、「国家」、という、人類が発明したものの中で、貨幣とならんで良いのか悪いのかわからないものが誕生するわけでした。

 都市国家が生まれ、人間はもう自然におびえることもなく、自然を支配し、良くも悪くも人間は世界の中心になるのです。

 しかし、以前に紹介させていただいた、精神科医岡田尊司さんは、世界の主人公になった人間は、同時に「孤独」も発明した、と言われるのでした。

 

 縄文・アイヌ・は、こうなる前の社会なんですね。

 そこには征服された自然はありませんが、世界の中心でふんばる人間もありません。

 すべてを生み、はぐくむ「自然」が世界だったのです。

 同時に、自然は人間に災厄ももたらしましたが、自然はまた、「人間のエゴイズム」もまた滅ぼしたと僕は思うのです。

 朝、起きると太陽が入ってくる。そこにすで神がいる。

 狩りに集まった人々を、長老たちが祝福する。

 夕餉。かまどの神が家族をなごませ、夜がふけると月が集落を守る。

 ここには近代が生み出した「個人」もないかわりに、「孤独」も「エゴ」もありませんね。うつ病もないわけです(笑)。

 

 とまあ、こんな理想郷ではないですが、ウツもちの僕はこんな社会にちょとあこがれます。

 おもわず長く書いてしまいましたが、ほんとにこころが動いてしまったしだいです。

 僕の信仰するキリスト教とはまた別の世界ですが、立派ですばらしいいとなみです。

 いいですねえ。

 

 しかし、近代人は、この世界に、なんとなく軽い恐怖も感じるのではないしょうか。

 それは、この狩猟採集世界が、農耕と経済と国家によって築かれた、弥生以後の「近代社会」の根底をすこしおびやかすからかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うれしい。気持ちもどりました。

 おはようございます!昨日まで鬱に苦しんでいたバイクです!

 5:30分に目覚めました。

 それで今まで喜びをかみしめていました。

 信じられないことが起こって。

 今でも信じられません。

 

 ここ数年ない安らかさで目が覚めました。

 昨日寝る前に、すこしの予兆はあったのですが。

 昨日コメントくださったかたは、僕がなにか戸惑っているのをめにされたと思います。

 その感じが豊かに広がって朝になりました。

 

 ふたつありましたね。

 

 ひとつは、心理士の先生の、

 「(今はうつ状態だけど、)朝日になるためには、太陽が沈むこともあるわよ。

 そしてまた朝日に生まれます。」

 というお言葉。

 先生は、たんなるたとえで言われたのでしょうが、これは不思議な感動がありました。

 僕の家は日本海に面した海岸沿いにあって、海に落ちる夕陽は身近なものです。

 先生のことばで、その映像が浮かんで、そしたら、朝日の誕生する光景も浮かんじゃいました。

 これ、鬱の僕のこころにも、ある種の感動をもってひびいたのです。

 いちど滅んでも、「繰り返し生まれる太陽。」

 

 もうひとつは、精神科医岡田尊司さんの著書の

 「『孤独』というものが存在しない狩猟採集民族には、鬱は存在しない」

 というくだり。

 これも、「文明以前の民族のいのち」みたいな連想が出ちゃって。

 「孤独」のない、「文明以前のいのち」。

 

 この二つ。

 このふたつのイメージが、なんかを僕のなかで生みました。

 

 で、ちょっとほぐれた気分になって寝床はいったのですが、目覚めたら、ものすごく癒されていました。

 空気がやわらかかったです。

 体ものびやかになっていました。

 

 うーん、これはどういうことだろう。

 ふたつのビジョンが処方薬より効いたか?

 おそらくは、脳内物質のおおきな乱れによる抑うつエピソードではなかったのだろうと思います。

 続いていたつかれや、精神的危機によっておこった反応性のうつ状態だったかもしれません。

 

 なにはともあれ、僕が恐怖していた、二三か月はつづく鬱は来ない!

 うーん、みなさんには本当に御心配おかけしましたね。

 コメントいただいたブロ友さんには感謝の言葉もありません。

 

 これほど劇的なことがおこるとは思わなくて、いまもしずかな喜びが続いています。

 新たなる太陽の誕生。孤独のない文明。こんなちからを持ってるとは。

 これ、僕のこれまでの人生でもちょっとなかった体験です。

 神さまからいただいた新しいいのちみたいですね。

 あらたに生きたいバイクです!

 今よろこんでいます。

 ありがとうございました。

f:id:ktokidoki:20190831090116j:plain

 

 

ノイローゼにないもの

 こんんちは、バイクです。

 うーん、鬱、あいかわらずくるしいですねえ。

 

 しかし今日は、ほんらいのカウンセリングの日。

 おとつい出てきた優しい心理士の先生にお話しを聞いてもらいました。

 

 いろいろ錯乱したことも話したようです。

 ちょっとはばかることなく書かせていただければ、

 「つくづくくだらない人生だったと思います。」

 「生まれてきたのが間違いだった。」

 さらにはヨブみたいに

 「なんで死産で生まれなかったのだろう。」

 「なんで生まれてすぐに息絶えなかったのだろう。」

 などど、ヤバすぎる発言も連発してきました。

 

 先生は、

 「これは、双極性障害がこう思わせてい、言わせているだけだから、気にしないでくださいね。

 太陽が昇るまえには、夕陽が海に沈む必要があるときもあるのです。」

 と、専門家らしくちっとも動じず受け止めてくださいました。

 

 ちょっと思って初めてうつになったときの本を読みかえしたのですが、

 

 精神科医の岡田誉司さんの御本ですが、狩猟採集民族には、うつなどの気分障害はみられないのだそうです。

 常に集団で、狩猟を中心とする彼らの生活には、「孤独」ということがあまりないそうなのです。

 

 思うに。

 一昔前の日本では、

 「あー、こんなストレスたまるとノイローゼになっちゃうわ!」

 というセリフがよく聞かれましたが、「ノイローゼ」というのは死語になり、

 現在の日本は、

 「あー、こんなストレスたまるとウツになるわ!」

 の時代ですね(笑)。

 

 「ノイローゼ」と「鬱」。

 その一番の違いは、それが宿している「孤独感」のちがいにあるのではないでしょうか。

 

 まだ「ノイローゼ」のほうがよかったかな(笑)。

 ともかくも「ウツ」という現代病を生きねばならないバイクでした。

 

f:id:ktokidoki:20190830163428j:plain

 

 

もちなおしたかな?

  こんにちは。バイクです。

 いつものとおりカラフル画面ですが、全然元気でないんですよ。

 

 昨日、あんまりつらいので病院に電話したら、心理士の先生が空いていて、面談していただきました。

 先生は、ひとしきり話を聞くと、

 「うーん、先週末から?これが続くと、抑うつエピソードかなあ。

 はやくDr.の診察なるといいね。」

 と言い、残りの時間僕のつらい話を聞いてくださいました。

 

 抑うつエピソード。(昔で言うと鬱状態です。)

 薬が合ったせいか、この4,5年、鳴りを潜めていました。

 よく、「うつはこころのかぜ。」とか言われますが、僕に言わせれば「こころの骨折」です。「動けない(笑)」、「立ち上がれない。(笑)」

 

 しかし、昨日の先生と言い、僕はひとに恵まれたもので、今日は門看護。

 いつものBさんでした。

 ふたりで話して、いろいろ納得できる取り決めをしました。

 1.さぼっている睡眠薬はのむこと。(良質の睡眠は絶対条件)。

 2.いい意味で「寝たきり」になること。

 3.家事はがんばらないこと。

 4.リチウムなどを信じること。

 

 5.6年前は、ほんとうに年に1,2回は躁を発症して、そのあとつらく長い鬱がつづく、というサイクルを繰り返してきました。

 が、炭酸リチウム、ラミクタール、と言った優れた気分安定薬を飲むにつれて、僕のそううつは完解していたのです。

 (ちなみに余談ですが、リチウムというのはみなさんの腕時計のリチウム電池に使われているリチウムです。

 なぜかこれが双極性障害に効くのです。)

 

 が、5、6年ぶりにでた、(らしい。)

 ちょっと説明過剰気味ですが、双極性障害は、気分を整える脳内物質の分泌異常との学説が定説に近いですね。

 よっていきおい薬物療法が中心となるのです。

 

 昨日はほんとに寝たきり青年のように過ごしました。

 家事のほとんどもヘルパーさんが補助してくださいました。

 で、一晩たった今、うーん、どうなのかあ。

 

 つらいのはつらいんですけど、以前苦しめられていた、2,3か月つづく抑うつエピソードと言う感じはしないです。

 ねがわくば2,3日で持ち直す、気分の変動であってほしい。

 

 そんなわけで今ちょっと不安ですねー。

 主治医の予約診察は月曜日。

 そのころにはわかっているでしょう。

 とにかく休息ですね。

 

 ブログのほうは、ちょっと抑え気味になるかもしれません。

 どうなるかわからないけど、すこしもちなおしたかもしれないバイクでした。

 

f:id:ktokidoki:20190829165551j:plain